So-net無料ブログ作成
検索選択

安倍夫婦論。(私と政治的意見が近いと感じている皆さんに読んで、考えてほしいこと。)

 私は安倍政権の政策の多くに反対の立場を取っています。
 具体的に挙げるならば、原発再稼働を進めていること、武器と原発の輸出を経済政策の柱に据えていること。アメリカの子分として、日本周辺以外の戦争、紛争に自衛隊を参加させること。農業や水道や健康保険制度など、日本人の生命、健康、安全に関わる規制を緩和して、グローバル企業にその領域への参入をゆるし、日本人の健康安全を危機に晒そうとすること。こうした対米従属(軍事的側面とグローバル企業への従属という両側面)について、はっきりと反対です。(私の友人の多くも、この点で私と同傾向の意見をお持ちの方が多いと感じています。)
 安倍政権のもうひとつの政治思想的特徴、「明治期から昭和初期に特殊的に存在した国家主義的価値観と家父長的家族主義」への回帰を目指すことについても反対です。私は自分のことを保守主義者、(右翼か左翼かと言われれば右翼に近い)価値観の人間であると考えています。リベラルな思想の友人たちと比べると、天皇制のあり方や、家族制度についての考え方などは、かなり保守的であると思います。そういう私から見ても、安倍政権およびその背後にある日本会議の主張は、異様です。天皇と政治権力の関係について考えると、明治から昭和初期が日本の長い歴史の中でも特殊な状態であったと考えています。天皇家が武力と一体化した権力として中心的に機能したのは平安時代までであり、鎌倉時代以降は武力権力を放棄し、稲作豊饒祈願と、天災抑制祈願を行う、祭祀的役割として機能に特化していくことで連続性を保持してきた。折々の権力に利用されたり、時に天皇側が政治権力に近づくことはあったとしても、本質は稲作を日本に持ち込み、それ以前に暮らし人たちを征服した子孫の末裔として、祭祀的役割に限定シフトすることで継続してきた家系、ということだと思います。(その意味では今上天皇が大切にしていらっしゃる様々な活動は、むしろ明治以前の伝統的天皇家の役割に直結しているとも言えます。=戦争や災害の被害者の鎮魂や、国民の平安を祈るということ。それを閉じられた祭祀空間にとどめず、国民に開かれた場で、国民の中、時には世界の人の中に入って行うということに、今上天皇の新しさがあると思います。)
 (話は脱線しますが、神社を国家神道の機関として統合利用するというのも、明治期以降の特殊な歪曲だと思います。全国の神社は、①大和朝廷成立過程での被征服側を鎮魂起源とするもの②反権力反逆者などの鎮魂③権力者の権威化神格化など、天皇朝廷側ではない人物を神としてを祭ることが起源であるものが多数存在します。よって、天皇を神として考える明治期的国家神道と、日本全国の神社を結びつけることは、明治期の、天皇を中心とする集権国家化の過程で起きた異常事態です。そこを支持母体として活用する日本会議など保守団体が、本当の意味での保守、伝統主義とは思えない、というのが私の立場です。)
 家族制度や道徳観についても、個人の信条としては(六人の子持ちで、家族の結びつきを非常に重視しているということからも察していただけるかと思いますが、)非常に保守的家族主義的な考え方をしていますが、それを国家が個人に強制すべきでないと考えています。
 (安全保障、自衛隊についての立場、ということで言うならば、私は次男が陸上自衛隊にいることもあり、憲法第九条さえ守っていれば平和が維持される、と考えている「理念的憲法護持派」ではないことも一言付け加えておきたいと思います。現実的に自衛隊の活動によって、日々、平和が維持されているという現実をベースに、国防、安全保障は考える立場です。)
 
 各種の世論調査を見ても不思議なのが、「原発について」「安保法制について」など、個別政策への賛否を問うた世論調査では、安倍政権の政策に反対する人が多数であるにも関わらず、その同じ世論調査で、安倍政権を支持する人が多数である、という状況が、ここのところずっと続いています。
 つまり、「個別政策としては安倍政権に反対だが、政権としては安倍政権を支持する」という人が、どうも国民のマジョリティらしい、ということです。対抗する民進党はじめ野党があまりに弱体であるせいだ、というのが大方の分析です。しかし、本当にそれだけでしょうか。本当に安倍政権の政策を止めたいというのが国民の大勢であるとするならば、民進党がどれだけ情けない状態でも、「安倍政権をとりあえず止める」という投票行動をするのではないでしょうか。
 「安倍政権の政策には反対」だが、「安倍政権は支持する」という、この不思議な状況について、「安倍晋三昭恵夫婦」の印象を通じて分析、問題提起していきたいと思います。この点をよくよく考えないと、国民の大多数が支持していない政策が次々実現してしまい、国民の多数が全く望んでいない日本に、急速に変質してしまいます。まさにこうした不思議で最悪な事態が進行しているのが、今の日本の状況であると考えています。
 安倍政権の政策にはっきり反対している私の友人たちと、国民のマジョリティの間に存在する明確な差は「安倍晋三という個人を悪人と感じているかどうか」なのではないか、というのが、この論考のテーマです。私の親しい友人たちのフェィスブックやツイッターでの書き込みを読んでいると、安倍首相に対する憎しみ、嫌悪、というものがそのベースにあると感じられます。それらを読んでいると、私の頭の中に、「政策には反対なのだが、どうも、この、安倍晋三と言う人を極悪人と設定することに無理がある感じがするなあ」という疑念、問題意識が生まれてくるのです。
 国民のマジョリティと、安倍政権に反対する人たちの間のギャップというのは、政策内容への支持不支持の問題ではなく、「安倍晋三と言う人や、昭恵夫人も含んだ安倍夫婦」を、悪人として嫌悪、憎むことができるかできないか、にあるのではないか。
 さらに本質的問いを立てるならば、政策的、あるいは政治思想的に支持できない政治家、首相は、即「憎むべき悪人なのか」という点について考えてみたいのです。(支持できない政治思想の持ち主は、すなわち敵なのか。抹殺すべき敵なのか。カールシュミットの言うように政治的であることの本質が「友敵関係」であるがゆえに、政治的に支持できない首相は人間として徹底的に攻撃しなければいけないのか。それでは隣国韓国の、大統領をやめた人はもれなく自殺するまで糾弾しつづける、不毛な政治風土と変わらないのではないか。)

 さて、ここから本論に入ります。
 
 話は飛びますが、昭恵夫人という人は、私の電通の2年先輩にあたるのではないかと思います。学年でいうと同学年です。当時は雇用機会均等法施行前だったので、女子社員は短大卒しか採用していなかったので、2年後輩の私と、短大卒(本当は専門学校ですが)昭恵夫人は、「電通の、同年齢の社員」だったわけです。私は入社と同時に大阪支社に配属されたので、昭恵さんと直接的面識は全くないのですが。二年先輩だけれど同年齢女子社員の方たちは、大阪電通時代のことを思い出しても、いろいろ世話を焼いてもらったり、(私は酒を飲まないのでそういうことはなかったですが)飲みに行ったりというような交流があったと記憶しています。私が東京本社配属だったら、どこかでそういう接点があったかもしれません。(大阪電通でもそうですが、短大卒社員の何割かは、昭恵夫人のように、「大手広告主の社長役員や創業一族のお嬢様」=俗にいう、コネ入社でした。男子新入社員には遊び人もたくさんいたので、「お嬢様だと知らずに手を出したら大変なことになるぞ」と入社後すぐに先輩に厳しく指導された記憶があります。)
 安倍晋三首相も、初めは神戸製鋼のサラリーマンでした。「政治家御曹司だが、一般一流企業のサラリーマンをしている人」というのも、これまた電通には多数存在しています。私も大物政治家のご子息と仕事上一緒になることは多々経験しています。
 政治家御曹司にも何タイプかあります。①人格も能力もびっくりするほど優秀な方。どんな仕事をしてもリーダーになる器の人間、さすがあの人の子供だ、というタイプ。②電通の標準的学力や能力水準(東大早慶が8割を占める)と比較すると能力も学歴もやや凡庸な印象だが、人柄としては、おっとりしていて、「いい人」な印象の人。真面目に一生懸命仕事をするので、信用はできる人。③明らかに甘やかされて育った最悪な人(麻薬問題で首になった某氏など、明らかに社会常識に欠け、人柄としても最低な人)。絶対一緒に仕事をしたくないタイプ。
 このタイプ分けで言うと、安倍晋三氏というのは、おそらくタイプ②のサラリーマンだっただろうな、ということが想像できます。
 凡庸だが無害ないい人の安倍晋三氏と、無邪気なお嬢様の昭恵さんが、サラリーマンとOLとして結婚して、そのまま家庭を築いたならば、誰にも迷惑も掛からないし、ほほえましい夫婦として、周囲からも愛されていたのではないか。電通のような「御曹司とお嬢様」がたくさんいる会社の周辺で生きてきた私としては、どうしても、安倍首相夫婦を見ていると、そう思ってしまうのです。
 この夫婦が、たまたま家庭の事情などの流れの中で政治家とその妻になり、生きてくる中で、どこかで「おじいちゃんの思いを実現する」「おじいちゃんを超えた実績を残す」というような決心をして努力しているうちに、今の立場まで上り詰めた、というのが、安倍首相と昭恵夫人なのではないか。そこには、なんというか、あまり深い「悪意」が存在しないように感じられる。また、人柄としての「嫌なかんじ」も、麻生太郎氏のような「強欲でこずるい、いつも人を見下しているようないやな人」の印象も、森善朗氏のような「威張りたがりの困ったおじいちゃん」という印象もあまりない。
 私は自分の職業として、TVCMが何をどの程度伝えうるか、ということについて、もう30年も調査研究を続けているのですが、深い意味や論理や複雑な情報を伝える力はほとんどない。伝えるのは「印象」と「人柄」です。
 安倍晋三氏の最大の強みは、印象として「能力的にはやや凡庸であっても、悪意はなく、一生懸命やっている人」という印象をTVを通じて与える得ることにあると思います。野党が、この人は「悪人なんだ」という印象を与えようとしても、まったくそうならない。
 隣に「こずるい悪人」キャラの麻生太郎氏が常にいることも、大きな意味があります。麻生氏と比べると、明らかに「悪い人」に見えない。蓮舫さんや山尾議員や山本太郎氏に責め立てられて、凡庸な様子が顔を出したとしても、それは無害で人のいいお坊ちゃまなところが強調されるだけで、印象はそれほど毀損されない。昭恵夫人にしても、無邪気で天然なお嬢様で、「晋三さんの言いなりにはならないわよ、私は私ですからね、」という「かわいい奥さん」という印象が強く形成されているため、何をやっても「悪意はない」「深くは考えていない」と受け取られる。そうした夫婦関係自体が、多くの国民から「うちの夫婦もそういうところがあるよな」「いまどきはそういう風に奥さんを扱わないと、夫婦はうまくいかないよな」という共感を生み出す。
 こんな安倍首相と昭恵夫人を、「政治的悪意をもった極悪人」として追及しようとすることが、野党側の戦略が支持されない最大要因なのではないか。むしろ、安倍首相と昭恵夫人が「いい人」「現代的で好ましい夫婦」というキャラクターであることは認め、褒めてあげてしまうほうがいいのではないか。
では、どこを突っ込んでいくのがよいかについて、いくつかのアプローチを考えてみたいと思います。
 『お坊ちゃまお嬢ちゃまは、悪意はなくても、中流以下の人の暮らしの実態、厳しさがわからない。それは政治家として不適当である、と言う攻撃。』
 電通には、政治家だけではなく、大企業の御曹司などの大金持ちの人たちが多数存在します。この人たちも、先の分類同様に、優秀な人、凡庸な人、最悪な人が混合しています。しかし人としての良し悪しはあれ、私のような「やや貧しい家庭に育った」人間とは、どうしても分かり合えないところがあります。私の方が一方的に感じる居心地の悪さがあります。私の父親は一応、一種試験に受かった「高級官僚」のはずだったのですが、小汚い官舎にずっと住み、自家用車は持たず、子供である私たちには「私立に行かせる金は無い」と常々言い、外食はほとんどしない。私は、子ども時代に、寿司も焼肉も外食で食べたことが一度もありません。電通に入り大人になって自分で行くようになるまで、本当に一度もない。音楽と本には惜しみなくお金を使ってくれたのですが、それ以外のことについて、育ってきた環境としては「中流のやや下」だったと思います。
 裕福な政治家の二世三世たちというのは、中流の下以下の人たちの育ってきた環境、今、生きている環境の苦しさということが、想像できない、共感できないのだと思います。桝添要一氏のような、貧乏な環境から自分の実力だけでたたき上げてきた人が、ものすごくせこい、小さな金額の公私混同で失脚するのを見ると、私は気持ちがわかって心が痛くなります。ああいう小さな金額の公私混同は、一般庶民の感覚で理解可能なので、むしろ厳しく批判されとしまう。その一方で、麻生氏が、安倍氏が、(あるいは石原氏が)はるかに大きなスケールで、公私混同、税金で贅沢三昧をすることは、一般庶民はなぜか見過ごしてしまう。彼ら自身も、それを見る一般庶民側も、「安倍氏や麻生氏や石原氏」は貴族階級のように感じていて、貴族階級が税金を私物化して、自分たちのネットワーク内の家族や友達に利益を融通しあうことには、なぜかぼんやりと受容してしまう。それは間違っているのだ、ということを、きちんと攻撃していくことが必要だと思います。
 ヒラリーが負けたのは、民主党=マイノリティ、貧乏な側の味方、というイメージに対し、(オバマも)ヒラリーも、民主党でありながら、グローバル企業、金持ち階級の味方なんだ、という批判が巻き起こったからだと考えられます。民主党の候補争いでバーニー・サンダースが善戦したこと(その中で、ヒラリー=金持ちの味方イメージが定着したこと)が、後のトランプ勝利の伏線になっているのです。
 安倍晋三氏は悪意の人ではないが、間違いなく、金持ちの味方です。「貴族階級の味方をしている」という意識も持たないほどに、どっぷりとお金持ちの世界でしか生きていません。
 今話題の小説に『あのこは貴族』山内マリコ著 http://amzn.asia/24e7uxdというものがあります。東京には、古くからのお金持ち階級というのがあって、まるで貴族のように、普通の人とは違う価値観、ライフスタイルで生きている。その実態を描いて話題になっています。ここから先私が使う『貴族』と言う言葉は、そういう、目に見えない伝統的世襲的上流階級のことです。大富豪のことではないし、旧華族のことでもありません。しかし、今の日本には、そういう「目に見えない貴族階級、ネットワーク」というのが存在するのです。
 まさに、安倍晋三氏も昭恵夫人も、ご本人たち責任はないのですが、こうした「貴族」階級しか見えない状態で、生まれ、育ち、生きてきた人たちです。政治をするにあたっても、貴族=身内や友達の顔しかみないで政治をしています。
 貴族の生活する様を、エンターテイメントとして覗き見るのは、庶民の愉しみとしては、なかなかに面白い。しかし、政治家が、貴族で占められ、貴族の内輪の利益を最大化するように政治がおこなわれることは、一般庶民にとっては、明らかに不利益です。
 あなたは貴族なのか。平民なのか。貴族ならば、自民党に投票することは合理的選択です。しかし、あなたが、平民であるならば、自民党に投票することの利益はほとんどありません。
 「貴族には悪意がある。貴族は極悪人だ」という主張は正しくないと思います。彼らは好きで貴族に生まれたわけではない。一人の人間として見れば愛すべき人だったりする。しかし、政治権力が貴族に独占され、その利益のために一般国民が不利益を被る構造になっていることは間違っています。
 ヒラリーは金持ちの利益代表だ。悪意はないが、無意識にグローバル企業の金持ちの側を向いて政治をしている。あなたの方は向いていない。
 それと同じです。安倍夫婦も麻生太郎氏も、明らかに金持ち、貴族友達の方を向いて生きてきた人です。あなたの方は向いていない。そして貴族の方を向いて政治をしています。悪意があってそうしているわけではないのかもしれない。でも、そちらにしか友達はおらず、そちら以外の生活、そちら以外に生きている人のことは、切実には想像できないのです。
 そのことをわかりやすく、身近で安倍政権をなんとなく支持している人、ひとりひとりに語っていくことでしか、変化は起こせない。と考えています。みなさん、ご意見ください。

nice!(3)  コメント(7)  トラックバック(0) 

nice! 3

コメント 7

s

なんか腑に落ちました。平民として。とはいえ、貧乏くさい総理大臣は国際舞台でホントみっともないしなあ。。。

私は民進党を支持できないのですが、それは彼らが民主党時代に招いた歴史的惨状が忘れられないからです。日本の安全とか国民の生命が直接危機にさらされている、というあの感情は二度と経験したくない。。。って、この懸念は野党勢力支持者の方々が安倍政権に抱く感情と同じなんですかね。

この価値観の違いって他方に説明しても理解を得られるようなものじゃないような気がします。
by s (2017-06-14 06:42) 

3naga3

あずまんのtwitterからたどり着きました。

頭の中をクモの巣が張ったみたいにグルグルしてたのが、
かすかに出口への灯りが見えてきました。
ありがとうございました。

また書かせていただきます。
by 3naga3 (2017-06-14 13:19) 

yoc

私も安倍総理の個別の政策には全面支持ではありませんが、対外的に通用するのは彼しかおらず、国の代表として存在するなら外交上手であって欲しいと思うので、消去法で支持です。

明治から昭和が特殊な状態ということですが、なぜ特殊にならざるを得なかったか、も見る必要があるかと思います。

日本は18世紀頃まで地理的にも他国からの侵略戦争を世界の他の国々ほど気にする必要なく、自国内のみで文化を醸成出来る極めて稀有な存在でした。それが大航海時代到来により、日本も自国のことばかり呑気に考えてはいられなくなったのです。そして一度始まったその国際的な交流がトリガーとなり、明治という変化が起きました。国際交流はまた閉じて昔に戻るわけではありません。逆にどんどん進むと考えるのが素直です。だとすると、明治から昭和が特殊なのではなく、時代の大きな変容に即した変化である可能性も十分あるのではないでしょうか。こればかりは時間が経ってみないとわかりませんが。
by yoc (2017-06-20 10:18) 

うぉたぷらねっと

東先生のツイッターのおかげで、望外に多くの方に読んで、ご意見までいただきました。
sさん。そうなんです。原発に対する態度とか、民進党(民主党政権時代)をどう感じるか、とかいうことって、「理由があって態度を決める」というより、「生理的に態度は決まっていて」「その後に、支持する理由、反対する理由」を収集していく、という気がするのですよね。政治「友敵関係」における「友」か「敵」かは、理由の前に決まっているように思います。
 3naga3さん、私の書くものは、あまり明瞭な結論もなく、頭の中のもやもやと、心の中の感情(政治テーマの場合は怒り)がある臨界に達すると、書かずにいられなくなって,書く、というものがほとんどなので、しかも長いものが多いので、読んでくださってありがとうごめんなさい、という気持ちです。
 yocさん、そうですね、明治以降というのは、アメリカはじめ列強が日本におしよせてきた時期ですから、無理やりでも国をまとめるために「国家神道」という作り物を国策として推進する必要があの時期にはあった、ということかと思います。今日、内田樹氏が朝日新聞のインタビュー記事でに、自分は天皇主義者になった、ということを語っています。私は安倍政権およびその支持母体の日本会議、神社本庁の国家神道は全く支持できませんかせ、内田氏の言う意味では天皇主義者だと思っています。
by うぉたぷらねっと (2017-06-21 01:02) 

3naga3

本論から離れますが、他の日のブログで桐蔭学園とか相模原から発信してとかありました。
私は南区大野台に住んでおり、来年は古希を迎えます。
組織人ではありませんが、体力と相談して細々と生き長らえています。
昨年の夏にキューバへ行きましたが、2度目だったので観光客の行かない処も訪れてみました。
どうやら事象の見方の出発点は1972年2月に本土復帰前の沖縄を訪れたことのようです。
by 3naga3 (2017-06-22 13:40) 

うぉたぷらねっと

3naga3さん。キューバとは、うらやましい。アメリカのすぐ近くで、あのように独自の道を歩める国があるというのは。ソ連が崩壊して冷戦が終わっても、その体制を維持しながら存在し続けられるというのは、奇跡のようなことだと、いつも思います。(村上龍の小説やエッセイを読んだり、テレビのドキュメンタリーを見たりするだけですが。)

by うぉたぷらねっと (2017-06-25 04:13) 

3naga3

キューバと言えば、つい書き込みをしたくなるオジンにお許しを。

唯一の社会主義国で主要な食料品は配給されます。
街角の配給所で老人たちが配給手帳を持って並んでいる光景をよく見かけます。 牛乳や食料油の時は空のペットボトルを持っています。
ゲバラの遺志によるのか医療と教育に関しては無償です。
人口に対する医師の数は日本の2倍と言われ(日本は世界で13番目)
乳幼児の死亡率はアメリカの1/2だそうです。
アメリカは教育費が高く、ローンに悩まされたり進学を断念したりと聞きます。 ところがキューバでは医師になりたいというアメリカの若者を受け入れ無償で学べる懐の深い国でもあります。
また国では医師を南米やアフリカに派遣し、その対価として鉱産物を得ています。

2年前にオバマ前大統領が退任の置き土産として、経済封鎖を解く道を
選びました。
キューバがアメリカナイズされる前に一度行かれたらと思います。
これはA氏の口癖の印象操作ではありません。 (笑)
by 3naga3 (2017-06-28 16:51) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0