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イスラーム国について論じるなら、読んでほしいこの二冊。 [文学中年的、考えすぎ的、]

イスラーム国について論じるなら、読んでほしいこの二冊。
池内恵 『イスラーム国の衝撃』文春新書
http://www.amazon.co.jp/dp/4166610139
内藤正典 『イスラム戦争 中東崩壊と欧米の敗北』 集英社新書
http://www.amazon.co.jp/dp/4087207706
全く違う、正反対の立場の専門家の本だからこそ、合わせて読んで、考えたい。
メリットその①正反対の立場の人でも同じように言うことは、きっと正しいし、大切なことなのだろうとわかる。事実認識として押さえておかなければいけないところがわかる。
メリットその②ふたりの意見が激しく違うところ、対立するところも、すごく大切。それは、この問題に「どう向き合うか」についてのいちばん大切なところ。自分の態度を決めるときに大切。


一冊目は、東大准教授・イスラム政治思想史が専門、池内恵氏の『イスラーム国の衝撃』文春新書 2015/1/20刊。
父も叔父も東大教授(それぞれドイツ文学と天文学)という学者一家に育ったためか、コンプレックスが強く屈折した人のようです。今回の事件で無礼で強引なマスコミ取材が殺到したためにぶち切れしたコメントをブログに書いて、安富歩さんに「典型的東大話法」と批判されたりしていました。その後、テレビに何本か出演した結果(早口で話し出すと止まらない頭の回転の速そうな人でした)、フェイスブックのフォロワーも激増中。フォロワーさんにすごく褒められるので、最近、屈折具合が解消してきて、素直でかわいらしい感じの人格に変貌中。と、キャラとしても今すごく注目しているのですが、思想研究の傾向としては、イスラムの暴力性や反近代性にはかなり厳しく批判的。イスラムに擁護的な(彼らには彼らなりの合理性がある的な)日本のイスラム周辺学会学者に批判的。反米思想や近代批判の憑代にイスラムを使う日本の思想家評論家たち(きっと内田樹さんあたりを想定しているのではないかと思うのですが)に批判的、という立場です。よって今回の事件でも、米国寄りの立場をとった安倍さんの行動にいちばん擁護的な発言をしているイスラム専門家の一人です。という政治的立場はあるとして、知識の正確さ、分析視点の幅広さは流石、東大准教授、という感じです。TVや新聞ではわからないことがたくさん書かれています。
いくつかびっくりした点を挙げると
◆ザルカーウィー(イスラーム国の前身組織を立ち上げたヨルダン人で2006年に米国の空爆で死亡)の立案していた「行動計画」。2000年から2020年にかけて七つの段階を抗争していたという。
(一)目覚め(2000年-2003年)
(二)開眼(2003年~2006年)
(三)立ち上がり(2007年-2010年)
(四)復活と権力奪取と変革(2010年~2013年)
(五)国家の宣言(2013年-2016年)
(六)全面対決(2016年~2020年)
(七)最終勝利(2020年)

ここまでのところ、なんだか計画通りに来ています。
2001年の911テロによる「目覚め」から、それによる世界のジハーディストの「開眼」「立ち上がり」そして2010年から始まったアラブの春による「復活と権力奪取と変革」そして2013年の「カリフ制国家の宣言」と、なんとなくここまで計画通りな感じがこわい。
 もうひとつ、「終末論的シンボル」についての分析。
イスラム国の広報雑誌に「ダービク」というのがあるんだそうで、その「ダービク」というのはシリア北部にある人口3000ばかりのの村なのだが、しかしこの町の名前はイスラムの教義の書に「終末の時の前に生じる最終戦争の始まる場として記されているのだ」だそうだ。細かいことは本を読んでほしいのだけれど、イスラム教はユダヤ教やキリスト教と同様、死んだらすぐ天国地獄に行くわけではなく、死人はみんな最終戦争後によみがえって神の審判を受け、そこで初めて天国と地獄に行く、という「最終戦争⇒最後の審判」という世界観を持っているらしい。日本人の知っている言葉で言えば、ハルマゲドン的最終戦争観。イスラム国は終末論と、その前兆としての最終戦争を起こしている、というイメージを利用することで人を集めているというのだね。ちょっとながくなるけれど引用してしまおう。
「『ダービク』の紙面では、終末的な悲観論と楽観的な行動主義を両立させる巧みなストーリー展開がなされる。(中略) イラクでの反米武装闘争の発端の時点で、終末的な最終戦争は始まっており、運命づけられていた通りに、ダービクをめぐる善と悪の闘争が出現している、と説くことで、『イスラーム国』は、自らの勢力拡大そのものが神兆の一部であると論じている。そして、カリフ位への就任を宣言したバクダーディーの演説から、「世界が善と悪の二つの陣営に分かれた」という一節を掲げ、終末論的な善悪の闘争における善の勢力という意味付けを「イスラーム国」に与える。そして「ヒジュラの呼びかけ」「すべてのムスリムへの呼びかけーー医師、技術者、学者、専門家よ」といったバグダディーの発言の抜粋で、終末的な闘争において、世界のイスラーム教徒は「イスラーム国に移住(ヒジュラ)してこなければならない」と説く。』
日本人は、これを読むとオウム真理教を思い浮かべてしまうのではないかと思う。私はオウムの主要メンバーと全く同世代(中学時代の同級生は、高校で早稲田高等学院に進んで、そこから早稲田のESSまで上祐と同級生で親友だったと言っている)なので、この感じが実はすごくわかってしまう。僕らはノストラダムスの大予言で1999年にハルマゲドンが起きると思って子供の時から育ってきた。そして宇宙戦艦ヤマトから北斗の拳から未来少年コナンから風の谷のナウシカまで、最終戦争が起きて、ごく少数だけが生き残るという世界観にどっぷりはまって青春時代を過ごした。学歴だけ見ればエリートになりそうな人たちがなぜオウムに入るか、と言われれば、それはどうせ最終戦争が起きて地球が滅びるならば、弱者被害者として死んでしまうよりは、自らその最終戦争を起こす側になって、主体的に「主役になって」終末の時を生きたい、と思ってしまうからだ。単なるならず者や虐げられた人(イスラームであるがゆえに虐げられた人や、貧困ゆえに反社会的になった人たち)だけがイスラーム国に吸い寄せられているとしたら、あの洗練された高度な映像を制作可能な欧米人材がなぜイスラム国に参加するのかわからない。
という終末論最終戦争世界観とジハーディズムが結びついた運動としてイスラーム国を捉える、という視点は、なぜかテレビでも新聞でもほとんど語られないけれど、これは実はすごくおそろしい。最初に書いたザルカーウィーの計画の2020年「最終勝利」というのが、現実世界での真の「最終勝利」でなくても、「最終戦争に世界を持ち込んで、世界が破滅するような状態」になったとしても、つまり「終末の前兆としての最終戦争」を引き起こしてしまえば勝利だ、と考えているとすると、ほんとうに何をするかわからないではないか。

私の勝手な関心で終末論のところだけたくさん引用してしまったが、池内氏の分析は、まっとうな国際政治の歴史も、イスラーム文化や社会の背景もきちんと解説してくれている。こういう事実関係の整理は上手なので、もう一冊の内藤先生の本でいまひとつはっきりしなかったことがすっきりよくわかる。東大の人らしく、全部に目配りして、どれかひとつだけを悪者にすることを慎重に避けよう、という配慮が行き届いている。(というか、そのために「~が問題である」的指摘はいっぱいあるが、結局どうしたらいいかはよくわからない本でもある。)
もうすこし言うと、客観的だがイスラーム国だけでなく、イスラーム世界そのものへの視線が、基本「冷たい客観性」だ。日本を欧米と同じ側において、イスラーム世界をかなり警戒し、批判的に見ている。冷たい距離感の中で、どうつきあうべきかを考えている。

対照的なのが、、同志社大学教授 内藤正典氏の『イスラム戦争 中東崩壊と欧米の敗北』 (集英社新書) 新書 – 2015/1/16
この先生のイスラームへの視線は「温かい」。誤解なきように言うけれど、イスラーム国というテロリストに温かいのではなく、パレスチナ、ガザの人からトルコの人、西欧諸国に移民しているイスラームの人、日本人が理解できず、西欧の人が差別をしているイスラームの人への視線が温かい。親身であり、かつ、尊敬すべき存在としてとらえている。池内氏とはその点がまったく違う。そういうイスラームへの温かさをそもそも持っている人が、「イスラーム国」という残忍なテロも行い、奴隷制も復活させているこの集団をどう考えようか、どう向き合おうか、と苦しみながら書いている本がこの本。(本人も言っているけれど、ハサン中田先生とは違って、内藤先生はイスラム教徒ではないし、イスラム法学者でもない。イスラム地域研究が専門です。)
私がイスラム国についてのはじめに興味を抱いたのは、内藤教授と、元・同志社大学教授のハサン中田考氏のツイッターでのやりとりを見ていたとき。まだ北大生事件も起きる前のことで、おそらく内田樹氏をフォローしていたことから、内田氏のリツイートで私のタイムラインに表示されてきたのだと思う。その内田樹先生が帯にコメントを書いていて、私もまったくその通り、と思うので引用してしまいます。
「私自身は、日本人があまり知らないトルコのタフで粘り強い対米交渉についてとの記述から学ぶことが多かった。むアメリカの圧力をかわしつつイスラム国との全面的対を回避しようとするトルコの政治的ふるまいを、きわどい地政学的地位にある国が身に着けた外交的叡智として著者は評価している。その箇所を読みながら、著者は私たちに無言のうちに「トルコと日本を比較してみよ」と言っているのではないかという気がした。」

 今回の後藤さん救出を巡っても、つい先日、トルコが、自分たちは後藤氏の居場所を特定できていて、日本にも連絡していたが、ということを発表して話題になった。イスラーム国攻撃の先頭に立っているヨルダンではなく、空爆に参加せず、人質解放の実績もあるトルコを窓口に交渉すべきだったんじゃないかと批判をする人もずいぶん出た。ヨルダンもトルコもイスラム圏の中では親米的立場の国だが、アメリカとの付き合い方はずいぶん違う。、これまで多くの局面で、米国と軍事行動を国外でともにすることを拒絶してきた。今回の対イスラム国有志連合にも、名前は連ねていても、空爆には参加しない。王様が自ら空爆をするヨルダンとは全然違う。
内田樹先生もいうとおり、トルコは親米立場なのに、米国の言うことを聞かない。特に国外に軍を出すということに関しては、米国から要請があっても、自国民を危険にさらす可能性のあるときは、頑として拒否する。(自国民を守る必要がどうしてもあるときには出すことはあるが、米国の利害からの要請のときには拒否をする。)トルコは、イスラム国が近く、かつクルド人を国内に多数抱えて、あまりに利害が濃いからそうしているのだが、日本の場合は、あまりに遠いのだからこそ、そうすべきだろう。

 山本太郎議員だけが国会でのイスラーム国非難決議に賛成しなかったと言って、テロの味方か、というわけのわからない批判をする人がものすごくたくさん出た、というか、そういう批判しか出なかったけれど、読売産経など保守マスコミの「安倍さんを批判するやつ、有志連合欧米を批判するやつはテロリストの味方」という、ものすごく頭の悪い黒か白か論調があるけれど、「アメリカに追随する」という路線に反対するとして、選択肢はすごくたくさんあって、そのいちばんわかりやすい例として、トルコの、「アメリカ側にはいるけれど、アメリカの軍事行動要請は断る。自国民に利益にならない軍事行動はしない。イスラーム国とも交渉のチャンネルは確保しておく」という選択肢はあるのだよね。

 産経新聞が、ものすごく低劣な(頭悪い)論調になっているのに、なぜか同系列BSフジのプライムニュース2/6には、駐日トルコ大使と駐日パレスチナ大使をゲストに迎えて、(日本側のゲストが飯島勲内閣官房参与と佐藤正久参院議員、ひげの隊長さんというのはいかにも産経人脈だけど)、トルコの対応、パレスチナの意見というのをちゃんと聞いていて面白かった。番組最後にパレスチナ大使が日本に望むことは、と問われて「まず国として承認してほしい。そして、中東の地域を武器を売ってはならない地域にしてほしい」と言っていたぞ。トルコの大使は、このエリアへの欧米の干渉をやめてくれ、こエリアの人たちが自分で解決していく、その中で民主的プロセスが進むようにトルコは努力する、と言っていたぞ。安倍総理、耳かっぽじってよく聞け、と思ったよ。中東に行って武器ビジネスしようなんて絶対だめだよ。米国のおせっかいの尻馬に乗って自衛隊を派遣して、なんていうのもダメだぞ。

 話がすこし逸れたけれど、内藤先生の本で感動的なのは、後に国際的にDOSHISHA PROCESSと呼ばれた、同志社大学にアフガニスタンの政府側の大臣と、タリバンの幹部を呼んでの対話の会、和平会議を開いた話。世界中のどこでもそれまで一度も実現できなかったことを、内藤先生とハサン中田先生の尽力で実現したときのこと。アフガニスタンのスタネクザイ大臣はテロで目の前で盟友を殺され、自身も重傷を負い、この会の時も足をひきずっていたのに、そのテロを行ったタリバンの幹部と同席して、対話をした。もちろんそれですぐ和平が進展したわけではないけれど、その最初のきっかけを日本の大学が作ったのは事実。会議の場が同志社大学だったので、キリスト教の神学館チャペルだったのに、両者ともそのことはきにしなかった話や、その後全員で居酒屋で鍋を囲んだ話など、テロリストといっても人間なのだ、話し合うところからしか始まらないという姿勢が強く感じられるエピソードです。

 すごく長くなってしまったけれど、もし池内氏の見立て通り、終末論的世界観、最終戦争遂行としてイスラム国が今の戦争を進めているとしたら、それはオウム真理教と同じように、対話や交渉では解決できない可能性が高いと私は思います。世界を破滅の縁まで自らの手で持っていくこと自体を目標としていたら、対話では止められない。
 でも、そうではなく、あくまで英仏の植民地支配に始まる歴史的政治的混乱や西欧諸国でのイスラム移民差別、米国の軍事的干渉、米国の中東政策の失敗が原因でイスラム国が生まれたのであれば、それを反省し、テロが拡大する社会環境政治環境を地道に改善していくようにすべきだろう。
 今日もヨルダンが空爆して、イスラム国の拠点に大打撃を与えた、とか、イラクが近々地上作戦を展開予定、といったニュースが流れている。池内氏立場に立てば、そうするしかない、ということになるし、内藤先生の立場に立てば、そのことで犠牲者が増え、女性と子供の死者が出て、それが男性をジハードに向かわせるという悪循環を助長しているだけだ、ということになる。

 私が触れることができたのは、どちらの本についても本当に断片にすぎない。この二冊をしっかり読めば、この問題についてのかなり広範な視点が獲得できる。その上で、それから考えても遅くない。というか、その程度の知識を得ないうちに、判断してはいけないと思いました。読んでみて。
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